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「クリティカルシンキング」は「批判的思考」なんかじゃない!

初めに正解を書きましょう。
「クリティカルシンキング」の正しい訳語は「検証的思考」。
これが僕の見解です。


ではその理由は何か?


1.「クリティカルシンキング」に【批判的】な要素などない
2.「critical」と「批判的」がほぼ同じ意味を持つのは、感情がからんだ時だけ


集約すると、この2点に絞られると思う。
以下、個々に説明していきます。



■1.「クリティカルシンキング」に【批判的】な要素などない

そもそもクリティカルシンキングに【批判的】な要素などない。
前提も含めて、すべてを一度は疑うことはするが、
それは検証のためであって批判するためではない。

しかし、この疑う部分が「健全な批判的精神」と呼ばれ、
【批判的】という言葉に説明が加えられる場合がある。

ただ、この説明は、矛盾をはらんでいることにお気づきだろうか?

説明を加えなければ【批判的】と言う言葉の意味が理解されないと分かっているのであれば、
さいしょから「クリティカルシンキング」を「健全な批判的精神に基づく思考」と訳すべきなのだ。

長すぎる?

ならば、「健全な批判的精神」から【批判的】と言う言葉を抜き出すより、
別のより適切な言葉を探すべきだろう。
そもそも、「健全な批判的精神」と言う言葉自体が、
【批判的】と言う言葉に引きずられた言い回しではないだろうか?

なので、日本語のサイトで「クリティカルシンキング」の内容を解説している方々の多くは
敢えて「批判的思考」と言う訳語を出さなかったり、
「批判的思考」と訳されるらしい的な触れ方をしているようです。



■2.「critical」と「批判的」がほぼ同じ意味を持つのは、感情がからんだ時だけ

「critical」と「批判的」の決定的な違いはなんでしょう?

「critical」には、必ずしも感情はからまないですが、
「批判的」には、多くの場合感情がからむところです。

欧米人は、自分が正しいと思っている事にも平気で「critical」になりますが、
日本人は、自分が正しいと思っている事にはまず「批判的」にはならない。

良い例の一つが、「devil's advocate」。
その意見が正しいかどうかを検証するために敢えて反対意見を言うことを、こう表現します。

この感情がからまない場合の「批判」に代わる伝統的な訳語が「批評」ですね。

日本では、議論の場合感情がからむ事が多かったので、
議論の場合は批判
評論の場合は批評。
これで問題ないと思っていた。

ところが、欧米人の文化では、議論に必ずしも感情がからむわけではない。
自分が間違っていると思う側を弁護する立場になることもザラにある。

欧米人にとっての「critical」は、
感情がからまない時は良いところも悪いところも客観的にあげつらう意味になる。(批評)
しかし、ここに感情がからむと、悪いところを特にあげつらったり、
受け取る側からすると悪いところばっかり指摘されているように感じたり。(批判)


つまり、感情が絡まない議論の場合の「critical」の訳語が存在しない。


それが、このあまりにも不自然な「クリティカルシンキング」の訳語
「批判的思考」につながってきたのだと考えます。


因みに、「critical thinking」の意味をWikipediaから引用してみましょう。

Critical thinking is the process or method of thinking that questions assumptions.
It is a way of deciding whether a claim is true, false,
or sometimes true and sometimes false, or partly true and partly false.

批判的な要素はなく、むしろ検証と言う言葉の方が適切です。



■「クリティカルシンキング~検証的思考」の普及が日本の行く末を左右する

日本語で「クリティカルシンキング」と「ロジカルシンキング」を検索すると
圧倒的に「ロジカルシンキング」のヒット率が高い。

しかし、「critical thinking」と「logical thinking」を検索すると、
圧倒的に「critical thinking」の方がヒット率が高い。
「logical thinking」で検索しても、
最終的に「critical thinking」のコンテンツにたどり着いてしまいます。
なぜなら、「logical thinking」は「critical thinking」の
道具の一つでしかないからです。

そう。
「logical thinking」は道具の一つでしかないんです。

私自身、「critical thinking」が常にベストな思考のフレームワークだとは思いません。
状況によっては、「critical thinking」よりも使えるフレームワークがいくつか思い浮かびます。

ただし、「logical thinking」で満足しているレベルから見ると、
はるかに強力なフレームワークですし、
汎用性もかなり高い。


この強力な「クリティカルシンキング」をもっと日本に普及させたい。


つまり、これはマーケティングの命題です。


そう捉えた時、商品名にあたる訳語が大きな意味を帯びてくるのです。
どんなに中身が良くても、商品名がダメだったら、なかなか手に取ってもらえません。


「クリティカルシンキング」だと、大抵の日本人にとって何のことだか分からない。
「批判的思考」では、大抵の日本人は誤解する。


「検証的思考」なら、一瞬でほぼ正しいイメージを描いてもらえるのではないか?


そんなささやかな思いから、おこがましくもこの様な記事を書かせて頂きました。



原口直敏
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プロフィール

原口直敏

  • Author:原口直敏
  • 洗練されたオタクを目指す、ミドルエイジ。
    持ち前の好奇心により、その知識と見識は多岐にわたる。(本人談)
    RPG風に興味のある分野を紹介しよう。

    【戦士属性】
    自己啓発、ビジネス、経済、投資、語学、各
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